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博士に飛びつくハチ(約1.9メートルのブロンズ像)


平昌オリンピック・女子フィギュアスケートの金メダリスト、アリーナ・イルナゾヴナ・ザキトワ選手(15、ロシア)は、日本から贈られる秋田犬の名前を「マサル」に決めたと外電が伝えています。該当の犬は「女の子」なのですが、「勝利」の意味を込めてこの名前にしたそうです。

秋田犬といえば、渋谷駅前の「忠犬ハチ公像」で有名な「ハチ」の存在が際立っています。世界的には、邦画『ハチ公物語』(1987)のリメーク版『HACHI 約束の犬』(2009)によって、その知名度を一気に高めた格好です。

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上野博士胸像とハチの臓器が保存されている東大農学資料館


そのハチの命日は193538日。渋谷駅南側の稲荷橋近くで亡くなっていたのが発見された日です。そして、80年目の命日にあたる2015年同日、飼い主の上野英三郎博士(18721925)が通っていた東京大学農学部(弥生キャンパス、文京弥生)に、博士を出迎える模様を象った銅像が設置されました。

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青山霊園の上野博士の墓、右にハチ公の碑

 ハチは上野博士が学内の教授会で急死した後も、10年近くにわたって博士の自宅(渋谷区松濤)最寄駅の渋谷駅で主の帰りを待っていたのですが、この銅像は上野博士とハチの80年ぶりの再会だったわけです。

余談ですが、博士の死後、夫人は弟子たちの支援を受けて世田谷に移り住んだのですが、ハチはたびたび行方不明となりました。夫人がその都度探していると、知人から「渋谷駅で見かけた」などと知らされ、夫人はハチの幸せを考え断腸の思いでハチをよくなついていた渋谷の植木職人に預けたそうです。1927年のことです。

話を東大農学部に戻します。ここには上野博士の胸像ほか、ハチの臓器(肺、心臓、肝臓)が3つの容器に分けられ保存されています。当時の解剖所見や近年のMRI検査の結果、犬糸状虫(犬フィラリア)症やがん病巣などが見つかっています。また、ハチの剥製は上野の国立科学博物館に所蔵されています。

なお、上野博士は夫人とともに青山霊園に眠っています。その脇にはハチの石碑も寄り添うように並んでいます。お子さんはいませんでしたので、今でも東大農学部の関係者らが墓参しているそうです。

ザキトワ選手には、こんな秋田犬と愛情を注いだ飼い主の物語をぜひ知ってもらいたいものです。


『池袋15´20173月号の連載企画「大人の遠足」(第5回)で、「上野博士とハチ公像」について取り上げています。